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彫金について

 彫金は室町時代以降、武士階級をパトロンに江戸時代まで400年間栄えてきましたが、明治維新で西洋のものが一番という風潮で一時期破綻をします。こういった激動の状況の中で岡山藩のお抱え彫金師であった正阿弥勝義は良きパトロンを得て作品を次々と作っていきました。パトロンは勝義に伝統的なものにとらわれることなく日常的なものを芸術的なものに高めるように要求、また日本伝統の粋の世界を自分なりに作るように要求しました。勝義はこれに見事に応えて彼にしかできない技法を使い、また動物とか昆虫とかの日常的なものを写実的に見事に彫り上げて素晴らしい作品を作っていきました。

例えば
 いかにもツタで作ったような篭の上に2羽の鳥がとまっていてその1羽がこれも足の毛まで見えるような蜘蛛を今まさにねらって飛びかかろうとしているさまを表現しているもの。ツワブキの柄に絡まっている蛇が鋭い視線でねらっているその先には今まさに飛んで逃げようとしている蛙が彫られているもの。テントウムシが今まさに飛んできてとまった瞬間の堅い羽が半開きとなったそのしたで柔らかい羽をたたみ込もうとしている瞬間をとらえて彫ったもの。

 さらに純金で作った菓子器の上に銀を貼り付けて、その銀の上から菊の花を全面に彫っていますが、花びらが銀のところでしかもこの花びらが手で触ると痛いほど鋭く彫られていて、さらに花びらの芯の黄色いところが金の地がでるように彫ったもの。鉄の花瓶に銀を貼り付けてこの銀を生かした絵が彫られているもの。
砂粒を金に打ち付けてこのへこみを利用して霧の感じをだしているもの。

 こういった今まで誰も成し遂げることができなかった技法を使い素晴らしい作品を作っていった正阿弥勝義ですが、今後彼を超えるような彫金師はおそらくでないであろうといわれています。

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